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・沖縄(西表)へ行ったエピソード


パイナップルリリー
パイナップルリリー

当時29歳~30歳にかけての頃、内装事業の現場の段取りをする番頭というポジションをしており、ある程度は頑張らなくても、普通に仕事をして、そこそこ遊んで楽しんでいた頃のことです。

 

ある時、大きな現場を任され毎日、得意先や他業者、自分の所の仕入れ業者、手配職人へと…毎日、怒って、喧嘩してハードな仕事をこなしていました(笑)

 

そんなハードな毎日を過ごし5.6ヶ月位たった頃、突如、私の意識がパチンと切り替わりました。

 

「私、毎日、何やってるんだろう…??」

「もっと私が生きたいように生きよう!」(←自尊の念・個人の尊厳・決断)

「私って何がやりたかったっけ???」

「…。」 (26歳~28歳位に掛けて、友人のいた奄美大島に遊びに行ったことを思い出し)

 

数日後…。

 

「!!(ひらめき)そうだっ!沖縄の離島へ移住しよう!」

 

そうと決まれば、早く社長に「仕事辞めますっ」って伝えないと! 

ってな感じで伝えると、案の定、考え直せと引き止められるが、

 

私 :「もう決めたんです。私の中では決まっていて、この話は辞める辞めないの話ではなく、いつ辞めるかの交渉です」

社長:「じゃぁ、最初の約束通り、3ヶ月後の4月で。ってことでいい?」

私 :「解りました」 と。

 

それからの私は毎日ワクワクしてました。そして、

うまくいかない気がしない根拠のない自信(←実は裏付けのある)がある自分がいました。

沖縄の離島の生活を想像して。普段の仕事は手につかずです(笑)

どうせ行くなら、都会の本島ではなく、絵に描いたような田舎がいいな~ぁ!その田舎でどんな仕事をしようか? と、仕事は何でもよかったのですが、色々求人を見ている中で、「おっ!面白そう!」と発見したのが、

なんと“西表島でのパイナップルの収穫の熱帯果樹農作業”です(笑)

何となく想像のつきそうな観光関係の仕事ではなくて農業です! 早速、電話です!

 

私   :「求人募集広告をみてお電話しました、本部と申します。ご担当者様はいらっしゃいますでしょうか?」先方担当者:「募集しているのはパイナップルの収穫で女の子はパイナップルの収穫なんて無理だから、由布島が観光植物園のようになってるから、そこで販売とか事務とかはどう?」

私    :「いやいや、私は農園がいいんです。農園ではダメですか?何でもやります!」

先方担当者:「じゃ車の運転できる?得意?」「住むとこから30~40分車で走ったところに別農園があって、そこはパイナップルとか重いものはほとんどなくて、比較的軽いものを扱ってるからそこでいい?」

私    :「車の運転、全然大丈夫です!そちらの農園でお願いします!」

先方担当者:「ところで、あなたどちらから電話してるの?」

私    :「京都です」

先方担当者:「えーーーっ!!大丈夫?ど田舎だけど…」

私    :「その田舎がいいんです」

 

こんな感じで仕事が決まりました。

それからという日常は嬉しさと寂しさを感じながら、移住準備の毎日で忙しくも着々と進んでいきました。

 

そしてGW前、いざ西表に向けて関空から片道切符で出発です!

 

到着してから私がすぐに仕事をしないことに少し不満を持った人もいましたが、そんなことも気にせず私は数日間、思うままに過ごし、満喫してから熱帯果樹の畑仕事開始です。

 

時間の流れ、景色(自然)、人の少なさなど、何もかもが思い描いていたままでした。

収穫・苗植え・剪定・除草・土づくり・ハウス造り・方向づけ・(山から水を引いている)水路の掃除…。

毎日、遊びながら仕事をしている感覚でした。そして毎日おやつにミニマンゴーをほおばっていました(笑)

トローリングに連れて行ってもらえるチャンスもあったり…(笑)

 

当時、私は十分に満たされていましたが、それは「私だけが満たされていたように感じた」のでした。

周りの人に目を向けると、私の眼には彼らは幸せそうに映りませんでした。

彼らが満喫して、充実してるようには感じられませんでした。

私には彼らが落胆して、何かを諦めているように感じたのでした。私の人生で何か(どこか)が空しく、少しの寂しさを感じたのを覚えています。

「彼らも自分で自分を満たせられるよう、そのサポートがしたい」と想い、エネルギーコーチングに必要な勉強をするため再び京都へ帰ることにしたのです。それからが私のエネルギーコーチングの本格的な学びを始めました。

 

これが私が西表に行ったエピソードです。

 

♦♦♦ 編集後記 ♦♦♦

 

ここ最近、私は「凄く生き急いでいた自分」に気付きました。。(笑)

「創造のプロセスである創意工夫を楽しむ」という事を忘れておりました。

また私の「結果(とコントロール)を手放す」ということを思い出し、そのプロセスが始まります。

どんなプロセスを辿って行くことになるか。。。また、シェア出来る時が来ましたら、シェアしたいと思います